【略歴】

1998年~ 高卒後、ボクシングをいきなり始める

2000年~ プロライセンス取得

2002年~ ボクシングをあきらめ、簿記をいきなり独学で勉強し始める

2005年~ 3度目の正直でやっと日商簿記1級を取得する

2006年~ 派遣で東証一部のCSKHDに入社。

2007年2月~ 山形県酒田市に戻り実家の陶器・お茶・贈答品事業をお手伝い

2011年4月~ タブレット端末を使ったオーダーシステムの事業をいきなり開始。(株)萬オーダーシステム設立

2018年~ いきなり農業ビジネス開始

もっと詳しくヨロズの人生を知りたいレアな方こちら

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おはようございます!こんにちは!こんばんは!
萬谷伸之(よろずやのぶゆき)と申します!!

、、、いちおう全部の時間帯に合わせて言っときました(^-^)

私自身、農家ではないのですが、農業に対する研究心から家庭菜園から始まり、ついには農地を借りて農業する運びとなりました。

けっこう突然違うことをやりだすのが得意な体質です(;^_^A
中学の時は、スラムダンクを見ながら、バスケットをやり、
高校は、その延長でバスケットをやりましたが、思春期ってヤツが邪魔してすぐやめて
帰宅部に転向。失恋して毎日つまんね~なーって外ばっかり見ている感じの奴でした。

、、、が、高校の3年もなると自分がどう進んでいきたいかをモーレツに考えるようになり
好きだった「はじめの一歩」に感化され、ボクシングをやりたいと強く思い、
卒業も差し迫った時期、もう2-3か月待てば卒業なのに、

「オレ、ボクシングやるから高校辞める!!」

って、かなりぶっ飛んだ発想のもと、溢れ出る自分の思いを抑えきれずに
皆に言ったら、親・先生含め友達すべてに反対され、自由登校の時期を使って
一足先に東京に行って新聞配達をしながらボクシングやってました。

はい、、、かなりイカレテます。。。はい。。。

私が親でも確実に反対です。はい。。。
そんなこんなで始めたボクシングはプロにはなりましたが
自分の才能のなさに、あっけなく辞めてまた自分の人生を考えだします。

その間に、群馬の嬬恋というところでキャベツ切りのバイト行ったり
大阪に行ったり、大阪から自転車で酒田に帰ったり、北海道をバイクで一周してみたり
、、、としてましたが、その間にも友達は大学というところを卒業して
就職し始めるわけです。
それが、けっこう焦るというか【社会】に対して劣等感を持っていて、自問をしつつ
見つけた答えが、自分も大学卒業レベルの知識を身につけようと思い、
簿記を勉強し始めました。日商簿記1級は大学卒業レベルだと書いてあったので
ヨシ!じゃー1級取ってやると思って独学で勉強を始めました。

簡単だと思っていた日商簿記3級に落ちてしまい、
こりゃいかん、、、と大反省。
本気で取り組み、日商簿記2級を1回でパス。
日商簿記1級を3回目でパス。(途中くじけそうになりましたが、才能がなかったボクシングより勉強のほうがやった分だけ返ってくるので『二度とあきらめない』とふんばり、頑張ることの尊さを知る。)

せっかくとった簿記なので簿記の仕事を見つけようと就職活動するが
なかなか見つからず、就職活動の難しさを痛感。

やっと派遣の仕事で東証一部上場のCSKHDに入社しました。
1年間お世話になったところで、肺結核という診断が下され、療養しようかと思ってた矢先、実家の親父から電話で実家の手伝いをしてほしいと提案され、戻って実家を手伝いたい気持ちでいたので、快諾しました。(実際遅くもなく、早くもなく絶妙のタイミングで誘っていただいて親父には感謝していますし、また1年間大企業のことを教えてくださった先輩たちにも感謝です。)

実家は陶器・お茶などを販売しており、地元のお客様から支えれていて実際に業務用販売などを経験し、飲食業の方々のご意見や経験談をお聞きして飲食店様の現状に対する知識を付ける。
そのさなか「ipad」というものが販売されるやいなや即購入して

営業先で「良いだろ~」と自慢しながら営業していた先で
「これでメニュー取れたら最高に便利じゃない?」との言葉で稲妻が落ちるのを感じ

新たに会社をつくり事業をスタートさせました。(実家の仕事も兼業)

タブレット事業の方も一段落してるので
地元の風土や自然をフルに使った事業をしたいとの発想のもと
貸していただける土地等を探していたら偶然、農地を貸していただけることに!!

農業スタートです!!!